中村 清吾Seigo Nakamura
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ギャラリー一番館
からのご紹介 - 陶歴・プロフィール
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中村清吾先生は、有田焼の名家に生まれた陶芸家です。
祖父は有田焼の名工・中村清六氏。さらに、人間国宝・井上萬二氏に師事し、白磁を中心とした確かな技術と美意識を受け継いでこられました。一方で、中村先生の作品を見てまず感じるのは、単なる系譜の継承ではありません。
伝統的な白磁の枠組みに収まらない、独自の質感と造形が、作品全体に一貫して見て取れます。日本伝統工芸展が裏付ける評価とキャリア
中村先生は、日常使いの器を制作される一方で、日本伝統工芸展への出品を長年続けてこられました。
入選・入賞を重ねながら、作家としての評価と実績を積み重ねておられます。日本伝統工芸展は、技術力・造形力・精神性が厳しく問われる場です。
その舞台に継続して作品を出し続けていること自体が、中村先生の作陶が一過性の表現ではなく、積み重ねの中で評価されてきたものであることを示しています。中村清吾作品の「凛とした印象」はどこから生まれるのか
中村先生の白磁作品について、当店ではしばしば
「凛としている」
という印象を抱きます。この印象は感覚的な表現ですが、構造的に分解すると、以下の要素に集約できます。
余分な装飾を排した造形、形の輪郭が曖昧にならない端正さ、釉薬の質感による静かな緊張感。
特に特徴的なのが、白磁でありながらマットな釉調を選ばれている点です。有田焼の原点に立ち返る素材選択
従来の有田焼白磁は、透明釉を用い、光沢のある仕上がりが主流でした。
祖父・中村清六氏や、人間国宝・井上萬二氏の白磁も、完成度の高い透明感ある釉調が特徴です。それに対し、中村清吾先生は、光沢を抑えたマットな釉調を選ばれています。
これは祖父や師の作風をなぞった結果ではなく、ご自身で選び取られた表現です。マットな釉調は、焼成管理が難しく、少しの条件差で表情が崩れやすい。
それでもこの質感を追求されるのは、形そのものの緊張感や、陰影の美しさをより明確に表現できるからです。結果として、白磁でありながらどこか都会的で静謐な印象が生まれています。
中村先生の作品を語る上で欠かせないのが、「泉山白磁」です。
泉山とは、約400年前、李参平によって白磁の原料が発見された場所であり、有田焼の起点となった地です。
現在、泉山の陶石は調査用途などに限られ、実際の制作に用いる作家はほとんどいません。
理由は明確で、扱いづらい・焼成が安定しない・現代の制作効率に合わないといった実務上の困難が多いためです。
多くの作家が天草陶石を用いる中で、中村先生は泉山陶石をあえて使い、作品として成立させておられます。
この素材選択は、単なる復古趣味ではありません。
有田焼の原点と向き合い、現代の感覚で再構築する姿勢そのものが作品に表れています。変化を続ける作風 ― 白磁から青磁へ
中村先生の作風は、決して固定されたものではありません。
近年は青磁にも積極的に取り組まれています。中村先生の青磁は、中国の古陶磁に通じる、深みのある色調が特徴です。
鮮やかさよりも落ち着きがあり、使うほどに印象が変化していきます。特に注目したいのが、貫入の扱いです。
貫入は、使い込むことで徐々に色が入り、表情が育っていきます。
完成された状態をゴールとするのではなく、使われることで完成に近づく器として設計されています。発展途上であることを恐れない姿勢
中村先生の完成されきった器ではなく、まだ高みを目指していると感じられる。
その姿勢が一番の魅力です。白磁から青磁へ。
端正な造形から、あえて揺らぎを残す表現へ。作風の変化は、迷いではなく探求の過程です。
その変遷を継続して見届けられることは、取扱店としての喜びでもあります。 -
【プロフィール】
生年 1975年
窯元 高麗庵清六窯
【陶歴】
昭和50年 佐賀県無形重要文化財陶芸白磁の保持者、中村清六の孫として生れる
平成10年 九州大学卒業後、清六窯にて修行
平成14年 佐賀県美術協会展 美協賞(1席)受賞
日本伝統工芸展 初入選
平成15年 西日本陶芸展 入選
平成16年 九州山口陶磁展
佐賀県商工会議所連合会賞 受賞
佐賀県美術協会展 会友賞 受賞により会員に認定される実績を、評価され有田陶芸協会会員に認定される
平成17年 日本陶芸展 入選
日本伝統工芸展 4年連続入選の実績を評価され日本工芸会正会員に認定される
平成18年 九州山口陶磁展 入選
日本伝統工芸展 入選
佐賀県美術協会展 佐賀県知事賞 受賞
平成23年 菊池ビエンナーレ 入選
平成25年 日本伝統工芸展 東京都知事賞 受賞
令和元年 第8回 菊池ビエンナーレ 大賞受賞